場の効力



誰かと交わる、話しをする、空間を共有することは、
思っている以上に、様々な効力を発揮すると思います。

例えば、
身を置く場所が、”何かしらの理由で頑張らなくてはいけない空気感”であれば、
自然と「頑張ること」が「正」となり「当たり前」となる価値観で存在していきます。

”ここは頑張る場所だからね!”と話し合って決めたルールではないにしても、
一番強いものが、「頑張ること」を軸にして動いていたら、それら周りのものは、その空気に溶け込んでいくのは、もうしょうがないこと、というか、当たり前のこととして空気は浸透していくもの。

その軸が、ある程度合致していれば、
そこに違和感を感じなく、「共有」として空間は出来上がっていくものですが、
ここ地球はなんとも豊かなもので、沢山の”色”が存在します。

正解を作り出そうとすると、
必ず、不正解者が作り出されてしまう、
なんとも陰陽のバランスがとれた場所ですな。

何かを生み出すと、
必ず弾き出されるものがあるので、

この弾き出されることが嫌だと感じたり、恐怖と思う場合は、
一生懸命、空気の共有にせっせと励みますが、まぁ先は長くないというか、どこかで区切りはでてくるものです。

その反対ももちろんあります。
断然こっちのほうが大切で、お得感ありますが、
無意識的にも、今度は弾き出す側になってしまうものでもあります。

心地よさや、空気感になんなく馴染めた時。
もし、そこになじめない物事がやってきたら、途端に弾く側です。
それはそれで、”ぬし”になっている感じがう〜〜むなこともありますしね。

沢山の色が存在し、
そして、それをOKとしているかと思いきや、色をだすと不整合が発生する
という、なんだか事故みたいなものが日常には結構発生するもの。

でも、誰も事故なんて起こしたくないから、
空気の共有に励んだり、所属の自由を探したり、と旅をするのだけど、

結局、
村づくりみたいなものですよね。

日本の中でも北海道と沖縄では、違う生活をしているように、
その空気を共有することで、色々な差異は発生するもの。

その土地の風土、特産品に、それぞれの良さがあり、
その空気に馴染むことで、それが当たり前となる物事があるということです。

それが、
土地から人間に変わったところで、
コミニティは一種の村みたいなものだから、
好きな場所に住む、食べる、生息するということは、

そこに
愛着が生まれ、
誇れるものとなり、
誰かにもお裾分けしたくなる、
みんなを招きたくなるような、

空気感がでますよね、ってことなのです。

それって、
誰かの心にふと届いたり、
また、足を運びたい場所だな、と思たり、
自分の土地とはまた違うものがあるんだなという刺激となったり、

みんながそこに、愛を持ってたずさわっているか。
誇りを持って貫いているか。

それが、頑張ろうと乱れようと、なんだろうと、
核となる何かに心が響けば、

誰かの救済にもなれたり、
癒しにもなれたり、
ガッツにもなれたりと、

色々な効力は生まれるな、と思うわけなのです♡♡

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